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2006年10月09日

ショパンコンクールでのショスタコーヴィチさん

ボクだって100歳だ!! by ショスタコーヴィチ

はぃはぃ。   ほんとはねー、お誕生日に合わせてご登場いただくつもりだったんですが、ショパンチョコレートのCM曲の話におされて 後回しになってしまったの・・・
モーツァルト生誕250年のお祭り騒ぎに かなり押され気味ではありますが、2006年は、ショスタコさんも生誕100年ということで、それなりに注目を浴びています。

ドミトリー・ドミトリエヴィチ・ショスタコーヴィチ (1906.9.25 − 1975.8.9) ソヴィエト

このショスタコービチさん、ショパンコンクール 記念すべき第1回目の出場者でもあります。
残念ながらショパン演奏ではありませんが、下の方で、ピアノ自作自演を試聴♪できるよう リンクはっときましたので、後で聴いてみてね!
で、CDの解説書なんかを見ていると、入賞したとか、予選敗退だとか、2位だったとか、それぞれ勝手なことが書いてあって、何だかよくわかんない状態。
普通、ショパン国際ピアノコンクールの入賞者として掲載されてるのは、第1回目の大会だと4位まで。 その中に ショスタコーヴィチの名前はないんですけれども。

ショパン国際ピアノコンクール第1回入賞者  1927.1.23から1.30開催
   第1位 レフ・オボーリン (ソ連)
   第2位 スタニスラフ・シュピナルスキー (ポーランド)
   第3位 ローザ・エトキン=モスコフスカ (ポーランド)
   第4位 グレゴリー・ギンズブルク (ソ連)


本人の後日談、盲腸の痛みのため 実力を発揮できなかったとかで (数ヵ月後に 結局手術します)、タコさんとしては、不本意な結果だったというのは確かなようで。
その後、ピアニストとしてよりも 作曲家としての活動の比重がだんだん大きくなっていき、弾いても自作だけに。優れたピアニストとされながら ピアノ曲は少ない状況です。
ショパンコンクール参加時、ショスタコビッチは20歳。 レニングラード音楽院の大学院にあたるところに在籍中。
レニングラード音楽院 (ペテルブルク音楽院のこと) の作曲科の卒業作品でもあった 交響曲第1番は、外国でも演奏されるほどで、すでに作曲家としても名声を得ていました。
ピアノ科は、先に16歳で卒業しています。
作曲を先に修了後、ピアノ科を修了した 先輩プロコフィエフさんと 逆の順番ですね。
ショスタコさんのお母さんも、お姉ちゃんも、同じ学校のピアノ科の卒業生だったりします。
あのソヴィエトが、コンクールへの刺客として選抜して送り込んだってだけでも、いかにピアニストとしても期待されてたのか想像できますが、やっぱもっと詳しく知りたい!!
解説にばらつきがあるの、ずっと???で 気になっていたので、タコさん お誕生日おめでとー! 記念に 調べてみた。
ショパンコンクールについての本、おもしろいですー。 それらによると、

第2回 (1932年) には、200名を超える応募者が殺到した 人気のショパンコンクールですが、
第1回 (1927年) の応募者は34名。 実際の参加者は26名
地元ポーランドから16名、ソ連からは4名、その他 ヨーロッパ6カ国から1名ずつ参加。
審査員はポーランド人だけで、2次審査までという規模の小さいもの。

ショスタコーヴィチ参加のショパンコンクール第1回 第1次審査の課題曲は
夜想曲 指定の7曲から2曲選択 (Op.9-1、*15-2、15-3、*27-1、27-2、37-2、48-1)
練習曲 指定の8曲から2曲選択 (Op.10-2、*?10-4、10-5、*25-1、25-6、*?25-7、25-9、25-11)
前奏曲 2曲指定 (Op.28-8と、28-16)
ポロネーズ 1曲指定 (*Op.44)  ←第5番です。
バラード 全4曲から任意の1曲 (*第3番を、タコさん選択?)
マズルカ 指定の5曲から1曲選択 (Op.7-3、*33-4、*?50-3、*?63-3、67-4)

第2次審査、本選の課題曲は
ピアノ協奏曲 第1番か 第2番のどっちかから、第1、2楽章、または第2、3楽章を選択。
コンチェルト全曲弾かせてもらえなかったんですね・・・  時間短縮?

コンクール本番も 同じ選曲で臨んだかは わかりませんが、コンクールに先立ち、ソヴィエトで 他の参加者たちと共に 課題曲を披露した演奏会での曲目が載っていたので、作品番号の前に *マークを付けておきました。 参考までに。
書いてあった調性から判断したので、2曲同じ調で どっちか判別できなかったものは、*?マークをつけてあります。
バラードは第3番。 彼の、音楽院ピアノ科卒業試験の演目にも、この曲 含まれてまして、参加が決まって コンクールまで準備期間が1ヶ月くらいしかなかったという話なので、安全策とったのかなぁ? とか、いろんな思いがよぎります。

弾かない人からすると、実にあほらしい調査に感じるでしょうが、この曲を○○さんも弾いてたのね! とか思うの、結構 感慨深いものがありましてねー。
私の場合、タコさんじゃ それほど心動きませんが、これが プロコフィエフさんだったりすると、鼻血もん(笑)。
いろんな思惑で選曲するのが普通なので、ご本人の好みと一致するとは言えませんが、こーゆーので勝負かけるタイプなのかぁとか、いろいろ考えてると、作曲家さんの人物像が見えてくるような気がして感動的。  やっぱ、オタクですかね?(笑)

で、8人で争われたコンクール本選では、協奏曲第1番を演奏。
4位までの他、シュトンプカさんという ポーランドのピアニストに特別賞 (マズルカ賞) が与えられ、その他8人に選外佳作賞みたいなもの (オノラブル・メンション・ディプロマ) が、与えられ、その中に ショスタコさんも入っていたそうです。
点数集計では7番目だったとか、本当は3位の得点だったのに、ソ連に賞を独占されたら自国の恥と 審査員たちが結果を歪めたとか、いろいろ書かれてありましたが・・・
ショスタコーヴィチ本人は、素晴らしい演奏だったと思い、聴衆からの支持もすごかったし、優勝は自分か、お友達のオボーリンのどっちかだ! と自信を持っていたにもかかわらず、予想外な結果に。
これに同情した審査員が こっそり採点表を見せてくれて、それによると、誰それが何点で 自分は3位の得点だったのにどうたらこうたらと、母親宛に書いた手紙があるらしい(汗)。  ほんとかぁ?(笑)
ポーランド人オンリーの審査員で 疑惑が浮上するのも仕方ない気もするし、ソ連時代の話は、本人の意思に反して創られてる可能性も大、何がほんとで何が嘘だか わかんないようなとこもあるし、びみょーです。
まぁ、ショパンコンクールで優勝しちゃってたら、作曲家ショスタコーヴィチとしての活躍は なかったでしょうから、結果的には 良かったのかもしれないですけれどもね。
この時優勝した オボーリンは、作曲の方でも そこそこ評価されていながら、ピアニストとしての活動が忙しくなり、演奏家に専念するようになったって話なので。

レフ・オボーリンといえば、オイストラフのヴァイオリンの伴奏者なイメージが強いんですが、うちでも探したら、ハチャトゥーリアンのピアノ協奏曲の演奏が出てきました。
最後の拍手で、「あ、ライブ盤だったっけ〜」 と我にかえったくらい、抜けない、外さない、きっちり手堅い演奏って感じで、当時のピアニストとしては、すごい技術の高さだったんじゃないかなぁと思いました。 見た目の印象に反して、重さというか、ロシアっぽい力強さみたいなのは、あまり感じないんですけれども。 どんなショパンを弾く方だったんでしょうねー。
最近はN響の指揮者としてもおなじみ、アシュケナージのピアノの師匠がこの方です。

ショスタコーヴィチのピアノ演奏は 聴いたことがなかったので、私も試聴♪してみました。
作曲家主で過ごしてきての演奏なので、コンクール参加当時の面影が残ってるかわかりませんが。
だってさー、ちょっとさぼれば、技術なんて あっと言う間に落ちるし。

ショスタコーヴィチ自作自演CDのダウンロード、試聴♪ はこちら
・1から4までは、ピアノ協奏曲第1番 第1楽章から第4楽章。
1は、「ベートーヴェンの熱情ソナタ」 のパロディ、4は、ソナタアルバム1巻の3番としてピアノ学習者にはお馴染み 「ハイドンのソナタ」のパロディーな部分が聴けるのですが、気がついてもらえるでしょうか?
・5から7までは、ピアノ協奏曲第2番 第1楽章から第3楽章。
・8から10は、3つの幻想的舞曲
・その後は、24の前奏曲とフーガ Op.87より です。 お楽しみください!
1曲ずつのダウンロードも出来ます。それぞれの収録曲名をクリック。

Dmitri Shostakovich Playsジャケットの写真の人がご本人。 イラストも似てますネ。

Dmitri Shostakovich Plays
Andre Cluytens Ludovic Vaillant Dmitry Shostakovich
Capitol 2000-10-17

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ショスタコービチが過ごした スターリン体制下ソヴィエトの作曲家さんへの仕打ちについては、彼が、スープの中のチキンにたとえてくれた プロコフィエフさんの話のところで。
アクオス携帯のCM曲は? 予想外だ!
若い頃、プロコさま崇拝状態のショスタコさんでしたが、このショパンコンクールから戻ってすぐ、ソビエトに凱旋帰国ツアー中のプロコフィエフに会わせてもらったら それほどでもなくなったようで。
あまりにオレ様な性格を目の当たりにして 引いたのか?(爆)
お互いの才能は認めながらも、それほど深い付き合いに発展することもなかったようです。
そんな、プロコフィエフの自作自演CDの試聴♪は、こちらから。
タコさん調べをすると、プロコさん情報がいっぱい入ってくる。これはおいしい。クセになりそー。

参考文献 : ドキュメント ショパン・コンクール その変遷とミステリー
   200CD 国際ピアノ・コンクール鍵盤の覇者たち   ショスタコーヴィチ ある生涯

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posted by ドルチェせんせ at 10:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽おもしろネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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