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2006年04月10日

出産祝いは自作の子守歌 コワモテだけど本当は・・・

P&G 緑茶成分入りファブリーズ のCM曲として、TVでも流れています。
   みみそー みみそー みそどーしーら らーそ♪
   グーテンアーベント、グートナハト、ミット ローゼン ベダッハト♪
日本語の訳詩、どれもピンとこなかったので、ドイツ語のまま 書いときました。
私としては、オルゴールで 曲だけ流れるイメージの方が強くて、みなさまは どうでしょうか?

「ブラームスの子守歌」
  歌曲集 「5つの歌曲」 Op.49 の 第4曲目 <子守歌> 1868年作曲・出版
  ヨハネス・ブラームス (1833.5.7 ドイツ・ハンブルク − 1897.4.3 オーストリア・ウィーン)

ねむれよいこよー♪ の 「モーツアルトの子守歌」 (モーツァルト作にあらず)
ねーむれ、ねーむれ、母のむねに♪ の 「シューベルトの子守歌」
と共に、「三大子守歌」と 呼ばれています。

これは、35歳のブラームスが、知人へ 次男誕生のお祝いとして 贈った曲です。
1868年7月15日、ウィーンの ベルタ・ファーバー夫人へ、楽譜に お祝いの手紙を添えて。

ベルタさんが、お気に入り曲としてよく歌っていた ウィーン風のワルツ (バウマン作曲と言われていますが、 誰?) を少し変化させてピアノ伴奏の右手におき、そこに 新しいメロディーをのせて、子守歌を作りました。
なんて 心やさしい、粋なプレゼントなんでしょうね!
やるなぁ、ヨハネス。
歌詞は、アルニムと ブレンターノの共著、民謡詩集 「子供の不思議な角笛」 から 採られています。
もともとは1番(第1節)だけでしたが、出版社の希望もあって、2番に別の人の詩を追加。
他の歌と5曲まとめて、歌曲集として 出版されてました。

その10年ほど前、ブラームスは、ハンブルクの女性合唱団の指揮をしていたことがあって、ベルタさんは その合唱団の主要メンバーでした。
(この合唱団、仕事と言うよりは、お楽しみの一つのような感じ。 24歳からの3年間は、デトモルトの宮廷に 9月からの3ヶ月間だけ勤め 音楽の指導などをして稼いだら、あとは、故郷で作曲をしたり、合唱団の指導をしたり、束縛されない生活をしていたようです。)

ベルタさん もとはウィーン生まれでして、後に大実業家と結婚し、ウィーンに在住。
ご夫婦そろってブラームスの良き友人であり、良き理解者となりました。
ウィーンへ出てくることを勧めたり、まだウィーンでは無名に近かった彼を、ウィーンの音楽界に紹介してくれたりと、力になってくれた方です。

んで、29歳で 初めてウィーンにやってきた ブラームス。
最初から ウィーン定住の気持ちがあったわけではありませんが、最終的には ウィーンを本拠地として活動していくことになります。
当初、ハンブルクでの音楽的な地位を望んでいたのですが、貧民街の出身ということで軽んじられることも多く 故郷に失望。
この子守歌を書いた翌年には、もはやハンブルクに戻る意思はなく、ウィーンでの生活を もっと快適にしたい、と父親に書き送っています。 定住の意思表明。

ブラームスさん 結婚してませんし、子供もいない のですが、子供は大好きで、大変かわいがっていたそうです。
お散歩に出る時は、ポケットにキャンディーをたくさん忍ばせてて、子供たちに配ってあげたり。
自分が貧しい生まれで苦労しただけに、貧しい子供たちに対する思いも いろいろあったのかもしれませんね。
匿名で寄付をしたり、若い音楽家の支援をしたり、本当は やさしいんです、あの人。

音楽界への道を開いてくれた 恩人シューマンの遺児たちも、本当にかわいがっていました。
(シューマン家との絡みは、気になる人もいるかもしれませんが、今回は さらっと流します)
シューマン家の子供たちに それぞれおみやげを買ったついでに、自分用には 鉛の兵隊くんを買い・・・ なんて記述も?!?!?!
当時、ハタチそこそこのヨハネスくん、かなり童顔の美少年なんですが、趣味もお子ちゃま?
それとも、今でいう、「おにんぎょさん萌え〜」 の系統?
よくわかりませんが、晩年になっても 子供心を無くしてないというか、子供の気持ちがよくわかるような人でもあったようで。

こんな回想録を残してくれてる人がいます。
ブラームスが我が家にやって来て 一緒に食事してた時、まだ子供だった自分は、テーブルにのってた食後のお菓子が気になっていた。
そしたら、それを察したのか ヨハネスおじちゃん、まだ食事の途中だったのに、お菓子をガバッと目の前にとってくれちゃった!  ひえ〜い、びっくり!!
好物のオートミールケーキ や プラムケーキ をおかわりし・・・ なんて話も伝記に出てきたりしますので、彼も甘いものは 嫌いじゃなかったようで。
ん? だから、晩年、あんな肥えてしまったのか?

いかめしい顔した「偏屈頑固じじい」のイメージが強いブラームスですが、子供好きなやさしい一面もあったのですよー。
誤解されやすい 損な性格だったのは間違いないし、ほんとに偏屈おやじでもあったみたいですけど。

でぶでぶヒゲもじゃもじゃな、しかめっ面しか 浮かばない人へ。
悪いけどぉ 彼ってばぁ 美少年として有名です。
42歳のブラームスの写真は、元美少年の面影が残ってて、とっても素敵。 (1876年撮影。 ベルリン、芸術と歴史の古文書館蔵。の写真)
トレードマークのおひげは、45歳くらいからですので、まだありません。
私としては、かなりのお気に入り写真でして、ぜひ掲載したかったのですが、アマゾンで必死に探しても見つかりませんでした。
これが、ジャケットになってるCD、一枚だけ見たことあるんですけれども。
著作権ひっかからず画像載せる方法、他にわかんないし・・・
彼の顔は恐い!!と思ってる人、立ち読みでもいいんで!? 若い顔見てほしー。
新潮文庫 カラー版作曲家の生涯 ブラームス ← これなら 本屋でも探しやすいと思うし、みょーに子供っぽい 20歳のヨハネスくんも 載ってます。 かわいい♪
もし見つけられれば、顔写真はこの本で見るのがおすすめ。→ 吉田秀和 ブラームスの音楽と生涯


ブラームスの子守歌 の CD 楽譜

ブラームスの子守歌 オルゴールバージョン を ダウンロード 試聴できます
別バージョンもダウンロードで探す




左から:
*オルゴールで聴く、三大子守唄。
*天使の歌声で、聴く。
*お宝写真満載の伝記。安価でありながら、その内容の濃さに驚きます。
*ピアノで弾いてみたい初級の方へ。バイエル中盤あたりのレベルのアレンジ。 この本に限らず、橋本晃一編の楽譜、有名曲を弾きやすいアレンジで、併用曲集として重宝しています。 子供楽譜、なめちゃいかんよ。楽譜が見やすく、大人の初心者にもおすすめ。
posted by ドルチェせんせ at 08:53| Comment(6) | TrackBack(0) | 音楽おもしろネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ドルチェせんせい、こんばんは!。

愈々、ヨハネス君の登場ですね。ドルチェせんせいのブログを開いた瞬間、ブラームスの文字が目に飛び込んできました。思わず「待ってました〜」と快哉を叫んでしまいました。
そんでもって急いで、新潮文庫の「ブラームス」を開くと、童顔の美しい美少年が出てきましたよ。ドルチェせんせいが仰るように、ほんと晩年の「お髭のお爺さん」のイメージとは大違いですね。ピアノ協奏曲の聴き方が変わりますね。

僕が吃驚したのは、ブラームスの生家の写真です。ドルチェせんせいの記事に「貧民街」とかいてあったので、どんな家に住んでいたのかな〜と見て吃驚!、ボロアパートというより、むしろ廃墟ですね。よくこんなところに住んでた人間が、あんな美しいピアノ作品(118−2)を書けるものですね。

子供好きで&お人形さん萌え〜のブラームスって、現代風に言えば、ドルチェせんせいの仰るように、「その系統」にある人だったのでしょうか?。思わず、読んでいて笑ってしまいました。

やっぱり、伝記を読むって大事ですね。ブラームス好きのハンスも、色々とヨハネス君について読み漁ってみます。
Posted by 笛吹きハンス at 2006年04月11日 01:07
ドルチェさんこんばんは。

「実はあの人優しい人!」
というようなお話は 読んでいて元気になれます♪

>お散歩に出る時は、ポケットにキャンディーをたくさん忍ばせてて、子供たちに配ってあげたり。

このエピソードはかなりツボにきました!
これだけでお腹一杯って感じです(笑)

ちなみに「子供が大嫌いだった」作曲家っているんでしょうか??記事読んでて ちょっとばかし気になりました。。。
Posted by sumito96 at 2006年04月11日 22:51
笛吹きハンスさん
お待たせっ、ヨハネスくんでーす。
Pコンでも、ハンスさんの好きな1番は、まだ美青年だった頃の作品ですものね。
私のお気にの2番は、残念、もうヒゲはやしちゃってまして。あーあ、もったいない(笑)。
118は・・・ もう、ちょー老け込んだいかつい髭じいさん。 ブラームス七変化?
伝記や回想録などから見えてくる人物像は、楽譜以外の貴重な情報源ですしね、偉大な音楽家として崇め奉るより、普通に世俗にまみれて生きた部分をみつめることで、見えてくることがたくさんあるような気がします。
マブダチが書いた曲のように錯覚しながら、聴いたり弾いたりできる自己満足。たまりまへんえ〜♪
まだ子供の頃から、いわゆる赤線地区のような環境の酒場でピアノ弾きしなきゃならなかったあたりとか、しっかり見といてあげたいなぁと思うのですよね。
それだけに、臭い部分にフタをした伝記が多いのが非常に残念でして、私も今回は良い面ばっか強調しちゃったかな。えへへ。
ベートーヴェンとたいまんはれるくらい、強烈でいかしたキャラで、好きなんですよね、この人。
Posted by ドルチェ at 2006年04月12日 08:41
sumito96さん
ブラームスさんは、「良い人」な部分を自ら隠したりぶち壊そうとしているイメージだったので、ホットな面を暴露しちゃいました。
浮浪児を手なづけて何してたんだい?的な、みょうなかんぐりしてる本も実は見たことあるんですが、ちょっと悪くとりすぎじゃないかなぁと思ったので良いイメージで書きました。
同じエピソードでも、とらえかたは人さまざまなようで、私もなるべく多方面からみて、総合して考えるように気をつけています。
そういわれてみれば、子供好きで・・・な美談は語られても、子供嫌いでいじめてた!とかいう話は、見たことがありませんねー。 実際のところどうなんだろう?
本人自体が、子供みたいな純粋さや、しょうもなさを持ち合わせてるような作曲家さんが多いようで、その辺もみなさん魅力的です。
Posted by ドルチェ at 2006年04月12日 08:56
ドルチェせんせい、こんにちは。花粉症は如何ですか〜、ぼくは今頃になってぶり返してきた感があります。

ヨハネス君の神経質で自閉的な性格は、幼い頃の生活の影響なのですかね。鉛の兵隊で遊んでたり、夜の酒場でピアノを弾いて、家計を助けたりと。
ドルチェせんせいのおっしゃるように、作曲家のいいところ、悪いところをすべて見てあげないといけないですね。
この頃は、知れば知るほどヨハネス君に親近感をもってしまいます。似てるのかな?

ベートーヴェンとたいまんはれるって、彼も相当な強烈キャラなんでしょうね。
市の当局に浮浪者と間違われて、補導されたりという逸話は聞いたことがあります。ハイリゲンシュタットの遺書を読むと、雄雄しい彼とは思えない「ネチネチした恨み節」の印象も受けました。

ベートーヴェンの場合は、放蕩三昧の父親やお金に執着する弟、自殺未遂を遂げたカールなど、どろどろした家族構成の点で、ヨハネス君を上回るのかもしれませんね(笑)。

最近では、このような不当な家族の低評価を歴史的に正しくないとして、逆にベートーヴェン自身の性格に大きな問題があったのだ、という話も聞いたことがあります。
人間ベートーヴェンの本当の姿も相当に凄いのでしょうね。
Posted by 笛吹きハンス at 2006年04月13日 18:35
ハンスさん、いろんな花粉飛んでますからね、まだまだ油断は禁物ですよー。
私もまだひどい状態です。熱まで出るんで、ほんと勘弁してほしいっす。
ヨハネスくんの鉛の兵隊さんは、お子ちゃまならではの趣味だったのか、晩年も続いてたのか、ぜひ知りたいとこなんですが、なかなか資料が見つからないの。
20歳すぎた男が!と言いたいとこですが、自分もいまだにクマやめられないので、人のこと言えない。
まぁ、そんなかわいい一面もずっと持ち続けていてくれたら、嬉しいなぁってことにしとこ(笑)。
ブラームスもベートーヴェンも、性格ねちっこいところありますよね。
お金に苦労して育っても、お金への執着の仕方が実に対照的でおもしろい二人です。
そういえば、ベートーヴェンは本来ラテン系の明るい性格で、病気や中毒のせいで、あんな性格になってしまったなんて話も読んだことありますわ。
周りが悪いのか、本人自体が悪いのか、どっちも悪いのか、謎ですよねぇ。
甥っ子カールくんは、溺愛されすぎた哀れな犠牲者の気も。
Posted by ドルチェ at 2006年04月16日 21:13
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