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2006年01月31日

アル中作曲家 ムソルグスキーさんを語ろう!

前回、モーツアルトの誕生日で追いやられた 「展覧会の絵」の話 の続き。

作曲者のムソルグスキーさんですが、アル中です。
それも、精神錯乱状態になって入院したりするくらいの、重症。 早死に
亡くなる頃の 髪ボサボサの肖像なんかは、眼がいっちゃってるような、廃人の風格が漂ってて 恐いっすー。 (この肖像画、一番よく使われてる気が・・・)
もう一枚、30代くらいかなぁ? よく使われるお顔があるんですが、そっちは、もっと きりっとしてて、どうせなら いい男な方を使ってやりゃいいのに、といつも思います。

◆ムソルグスキー〜ザ・ベスト・オブ・クラシカル〜 ← このお方が、ムソルグスキーさん 41歳  レーピン筆
 「展覧会の絵」オケ版と、オペラ「ボリス・ゴドノフ」の一部が入ってるCD。
 展覧会の・・ブイドロが(牛皮)と訳されていて爆笑。
 画像をクリックすると大きく見られます。

モデスト・ペトロヴィチ・ムソルグスキー [1839.3.21−1881.3.28] ロシア

すでに落ちぶれ気味だったとはいえ、ムソルグスキーさんちは、由緒ある貴族のお家柄。
親はエリート教育をと、生まれ育った村では 家庭教師がつき、10歳で ペテルブルクの寄宿学校へ入れられ → 士官学校 → 近衛士官 となります。
しかし、これが、悲劇の幕開け?

近衛士官学校時代(13歳〜17歳)に、学校伝統の!?日々 大酒を飲む習慣が 身についてしまったのだとか。
こんな子供のうちから大酒飲んでたら、そりゃぁ、体だってボロボロになりますわよねぇ。
ピアノの、特に即興演奏の腕は素晴らしかったようで、学校でも 人気者の有名人。
当然、飲み会には 引っ張りだこ。
マナーもばっちり、スマートな身のこなし、おしゃれな着こなし、流暢にフランス語もしゃべり、上手にダンスをし、ピアノを弾き、おまけに、バリトンの素晴らしい歌声。 絵に描いたような士官ぶり。
大変礼儀正しく、上品で貴族的雰囲気のただよう青年だった との証言が残されています。
6歳でピアノを習い初めましたが、3年後には協奏曲弾いてたとかの天才少年
ドイツ語、ラテン語の学習、歴史や哲学、心理学にも深い興味を持ち、本が大好き。
学校の成績だって 常に10番以内。 まさにスーパーボーイですね。
上の肖像画からは、想像もつきませんでしょうが。

近衛時代のモデストくんの姿ムソルグスキー その作品と生涯 という本に載っていました。
今回の参考文献。
いやぁ、細っこくて別人です。 もじゃもじゃ ひげのない顔、初めて見ました。
26歳のお顔には、もう おひげがございます。 ついでに 太り始めたご様子。

1861年の農奴解放令で、地方の地主さんだったムソルグスキー家は没落
作曲に専念したくて、19歳でいったんは 近衛連隊をやめたものの、生活のため 24歳からは、運輸省技術局に始まり、何度か転職しながら、官吏として お勤めをしていくことになります。
最初は、裁判記録の翻訳なんかの仕事をしてたようです。 語学強いですからね。
貧乏どん底の生活。 家賃滞納で追い出され、友人の家に転がり込んだりすることも しばしば。
健康状態は どんどん悪化。 若い頃から、うつや 不眠に悩まされることもあったようで。
まじめな伝記では 「神経性の熱病」などと ぼかして書いてありますが、アルコール依存症で 神経系統ボロボロになっていくのがバレバレ。

年表を見ると、 26歳の時に母親が亡くなり、アルコール中毒で危険な状態に陥る
とあります。 (パパは、14歳の時に亡くなってて、兄が一人います)
母の死は 相当ショックだったようで、このあたりから、酒びたりの 破滅的な人生まっしぐら ってとこでしょうか。
古い音楽仲間たちからの (ロシア5人組 − バラキレフ、キュイ、ボロディン、リムスキー=コルサコフ) 作品批判。 孤立。 グループ崩壊。
方向性が変わってしまった仲間に、裏切られたような 気持ちだったのでしょう。
当時、ぶっ飛びすぎてた彼の音楽は、上演機会にも あまり恵まれず。仲間からも批判の嵐。
そして、「展覧会の絵」のとこで登場した 画家ハルトマンの死、他にも相次ぐ友の死など。
作曲に時間を使いたくても、イヤな お役所勤めに 時間をとられてしまうし。
もう、ストレスたまりまくり。 酒量だって増えます。
おぼっちゃんからの、転落ぼろぼろ人生。 もう、身も心もボロボロ。

死の前年には、役所を解雇され、食べるのにも 困る状況に。
見かねた友人たちが、オペラ完成のために助成金を出してくれたり、音楽教室での指導や、伴奏などの仕事をくれたり 助けてくれるのですが。

たびたび発作を起こすようになっていた ムソルグスキーは、1881年2月、演奏会で ひどい発作を起こし 昏睡状態に。
とりあえず意識は回復するものの、翌朝 またもや 意識朦朧のうわごと状態。
結局、意識不明の状態で 病院に収容されることになります。
肝臓病、心臓肥大、脊髄炎を併発していたと、古い伝記本には 書いてあります。
その後 一時は容態も落ち着いて、昔の音楽仲間たちも、頻繁に見舞いに来てくれたりして、とても幸せな気分だった ご様子。

(しか〜し、この入院療養中の彼に、うかつにも ブランデーを差し入れてしまったバカ者がいて、それを飲んじゃう大バカ者。 とたんにおかしくなり、それがもとで 亡くなりましたとさ。
3月21日がお誕生日だったので、お祝いのつもりだった、なんて雑学本ネタもございますが。)

再び容態は悪化し、3月28日早朝、ムソルグスキーは、孤独の中で亡くなります
まだ、42歳。 サンクトペテルブルクの軍事病院にて。

子供みたいに 純粋な心を持った人だったといいます。
わがままな生き方だった という意見もありますが。
もっと、上手に生きられたら、良かったのにね。
何よりも、過ぎたるアルコールには、注意しましょう。
大酒飲みたくなったら、ムソルグスキーのことを 思い出してくださいね。

 ムソルグスキーの代表的ピアノ曲 展覧会の絵 − プロムナード が、おひなさまのCM曲に も、読んでね!

ロシア国民楽派
ロシア5人組+グリンカ、取り混ぜて年齢入りで年表になってるものがあり、大変役に立ちます。
ムソルグスキー32歳の時に、27歳のリムスキーと同居してたとか、一目瞭然。
もう少しいい男な?ムソちゃんの顔も載ってます。怖い絵もあるけど。
生きてた頃は、奇人変人扱いで理解されなかった彼が、代表で表紙になるなんてねぇ。
裏表紙は、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、グリンカ。

むーかし、おーさまー、ノミを飼い♪
「のみの歌」 by ムソルグスキー 日本語で聞くと楽しいんだけど・・・

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ドルチェの ロシア五人組み関連投稿記事
  ・リムスキー=コルサコフ シェラザード について
  ・ボロディン だったん人の踊り について
  ・バラキレフ イスラメイ について


posted by ドルチェせんせ at 08:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽おもしろネタ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ドルチェせんせ、こんばんは!でへへ〜、ついにきましたな、ムソちゃんネタ!
自分もラッパ以外でも、『展覧会〜』は、ピアノで弾くのも好きでしたが(『牛革』とか簡単なやつばかりね!)、こらからはムソちゃんの数奇な運命を思い浮かべながら、違った感情を持って弾けそうですぜ!
次は、誰の話かな〜??

ちなみに、この前金管5重奏で、『軽騎兵序曲』をやりました。懐かしいでしょ!?
スッペネタはないですかねえ・・・。もしくは、この曲に関する面白いネタ?
思い浮かぶのは小学校の音楽の教科書に書いてあった、『墓前で、戦死者を弔っている軽騎兵の祈りのポーズ』であります。
ともあれ、また、『楽しいネタ』楽しみにしておりますぞ!
Posted by めいちゃん at 2006年01月31日 21:48
ドルチェさんこんばんは!

ムソルグスキー…肖像画を見るたびに
「なんて不健康なやつ」…と思ってたんですが
アル中だったのですね!いや、お酒は怖いです〜
お酒で人生が狂ってしまった作曲家&演奏家、他にもウジャウジャいそうですね。

のみの歌の日本語版って
「のみぃ、ハハハハハ!のみぃ!」
…ってやつでしたっけ?
妙にこの歌詞が記憶に残ってるんですよね…
間違ってたらごめんなさい(笑)
Posted by sumito96 at 2006年02月01日 00:40
めいちゃんせんせ
お待たせっ。 せっかく、モーツァルトだのケッヘルだので検索されてる時期に、もったいないなぁと思いつつ、ムソってしまいました。 一般受け悪そうですよね、アル中おやじじゃ。
私としては、真の芸術家っぽくて、いかした人材だったんですが。
変な人ほど、創作意欲が・・・ 書きたいこと削るのに苦労しました。
なので、シューベルトの誕生日は、無視して(爆)、ムソがらみの人が登場する予定です。
いい塩梅にCMで流れてるのを発見!

軽騎兵は、ここでは、アートネイチャーのCM曲としてさらっとご紹介しただけですねぇ。
残念ながらお笑いネタはなし。 そういえば、スッペネタって本でも見かけたことないかも。
何かおもしろい話あったら、コメント&トラバよろしくね!
古い記事も、意外と見て貰えてるみたいです。


sumito96さん
ほんと、不健康そのものなお顔。 私は、浮浪者?って思ってました(笑)。
最後の入院中のお姿らしいです。 ひどい発作おこした後。
伝記にアル中って書けなくても、もっと潜んでそうな気がします。 
業界、飲んべ多いですからねぇ・・・

そう! その、ハハハハハ♪です。
あの不健康な顔見ると、条件反射のように「蚤の歌」が・・・
小学校の音楽鑑賞の時間に初めて聴いたんですが、もう1回聴きたい!とかクラス中大騒ぎになったのはこの曲くらいなもんでした。
ノミッのノが、ナとノの中間くらいで、すっごいかゆそうに歌ってて、もうとりこ。
今でも、あの衝撃が忘れられましぇん。
実は、日本語のCDほしいんですけどね。 ロシア語かけらもわかんないんで。
こんな、こそっと書いたとこまで気づいてくれるなんて、嬉しいですー。
Posted by ドルチェ at 2006年02月02日 00:35
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